画家再発見[2002/05/03・Vol.02 Chagall]




多彩な色、幸せな頃、無重力の幻想...

 マルク・シャガールの略歴
1887年7月7日、白ロシア(現ベラルーシ)領ヴィテブスクのユダヤ人居住区に生まれる。
1910年、パリに留学して、絵を学ぶ。
1914年、一時帰国。直後に第一次大戦が始まり、ついでロシア革命が勃発した。
1915年、ベラと結婚。
1923年、再びパリに戻る。
1937年、フランスの市民権を得る。
1941年、ナチスのユダヤ人迫害を逃れてアメリカへ渡る。
1944年、ベラ急逝。
1985年、南仏の自宅にて死去、享年97歳。

 ベラ・ローゼンフェルド(1892〜1944)は、シャガールの最初の妻。シャガールの出身地であるヴィテブスクの宝石商の家に生まれる。ヨーロッパへの留学や女優を志していたなど、裕福な家庭に育ち、教養も高かったと言う。
 さて、ベラの絵と言えば、福岡は中州にある古風な酒場、錆びた鉄で枠どりした木製の扉、壁には一面に緑色の蔦がからんでいる。「酒場・ベラ」は宋朝体の文字がかろうじて読みとれる。ある老人が、パブロ・ロペスの絵の代わりに、シャガールの絵を貸したことは有名である。その絵には、もちろん「ベラ」が描かれていたことは言うまでもない。
 これは、五木寛之著「戒厳令の夜」にでてくるお話しだ。もともと好きなものに、さらに好きなものが重なる。小説でも、絵画でも、男と女でも、そう言うことの積み重ねで、ますます惹かれて行くのだろう。
 幸せなときに「天にも昇る気持ち」という言葉があるが、まさに空を飛びたいほど嬉しかったのだろう。そして、世界の全てが二人を祝福してくれる。窓の外に見える町も、木も、エッフェル塔も、精霊も。解説なんかいらない。視覚からまっすぐ心に入ってくる。そんな絵をゆっくり見に行きませんか?