そのお客さまがいらっしゃるのは、毎年晩秋も過ぎて、寒くなりかけてからだった。 品の良いロマンスグレーの初老の方で、ギンガムチェックのマフラーとステッキ、いつもお洒落を欠かさない人だった。 そしてご注文は、[HOT WHISKY]。 それも、一杯だけ。 どこかで食事をされてくるのだろう。 いらっしゃるのは、20時を過ぎた頃が多かった。 いつもにこやかで、誰とでも気さくに話す方だった。 ゆっくりと、ゆっくりと[HOT WHISKY]を飲み、おつまみはチョコレートかナッツ。どんな話しでもお聞きになって、きちんと自分の思いを話す人。だから誰からも好かれるし、いろんな人の相談にも乗っていたようだ。 でも、彼がどこに住んでいるのか誰も知らない。 連絡先もわからない。 決まった曜日に現れるわけでもないし、誰かと待ち合わせすることもない。いつもフラッと来て、誰とでも話して、陽気に帰っていく。 でも、本当は孤独だったのではあるまいか。 と言うよりも、本当に辛い思いを乗り越えて生きてきたのではあるまいか。だからこそ、誰の話でも聞けるのだろう。 ある日、新聞の片隅に訃報が乗っていた。 小さな小さなモノクロの写真。その横顔にハッとした私は、思わず息を呑んだ。その道では、とても功績のあったヒトだったようだ。 そして、その苦労は長い間報われなかったとも書いてあった。 ずっと一人で、結局ご家族はいらっしゃらなかったようだ。 そこにも、きっと深い思いがあったのだろう。私はその記事を読んだ後、しばらく目をつむり、彼の冥福をお祈りした。 もちろん、何が出来るわけでもないのだが... 今日は、そんな彼の3回目の命日だ。 昼間はとてもいい秋の空、高い高い空。 でも、夜になると冷え込んでくる。 こんな日は、[HOT WHISKY]を久しぶりに飲んでみよう。 きっと、彼はここに来るのが好きだったに違いない。お酒よりも、お店よりも、ここに来るお客さま達が好きだったのだろう。そう、若い人たちを眺めているのが好きだったのだろう。 あのヒトは、もう来ることはない。 このお店も、あとどのくらい続けていけるだろうか。 でも、お客さまが来る限り続けていくのが私のつとめなのだろう。 お客さまに、暖かい気持ちになっていただけるように、 今日は[HOT WHISKY]でも進めてみようか... |