こんな飲み方をするお客さまが居た。 ワイングラスに常温のウィスキーを注いでくれと言う。 そこに冷やしていないミネラルウォーターを同量。 もちろん、氷も入れない。 その方が香が引き立つし、ウィスキーの個性も引き出されると言う。 確かにその通りで、この飲み方を[TWICE UP]と言う。 むかし、「ブランデー、水で割ったらアメリカン」なんてコマーシャルがあった。ご年輩の方ならご存じかも知れない。 でも、このお客さまは30代半ばだったのではあるまいか。 いつもダークスーツにストライプのワイシャツ、赤いネクタイ。 年の割には控え目なファンション感覚のようで、いつもおとなしい。 しかし、いつだったか遅い時間に来て、ポツリと女性の話をしたことがあった。きっと忘れられないヒトなのだろう。 一緒にドライブに行ったこと、よく行った飲み屋さんのこと。 ラリックが好きだったこと、金沢が好きだったこと... 本当に口数少なく、ポツリポツリと話す。でも、彼は悲しそうに話す訳じゃなかった。まるで想い出を慈しむように、いまでも彼女と一緒にいるように。きっと、いまでも彼女を愛しているのだろう。 そんな彼が好んで飲んだ[TWICE UP]。 ゆっくりと静かに飲んでいた彼。彼がこの店に来なくなってからどのくらい経つだろう? あれ以来[TWICE UP]を頼むお客さまはいない。 でも、私は時々[TWICE UP]を自分のために作る。 明け方に、お客さまが帰ってから一人で飲んでみる。 そんな時に思い出すのは彼のことばかりじゃなくて、 いままで通り過ぎて行った人たちだ。 お客さまもいれば、男友達もいるし、もちろん女性だって... さて、もうお客さまもこないだろう。 今夜の[TWICE UP]は、誰を思い出させてくれるだろうか。 ワイングラスを揺すりながら、ゆっくりと飲んでみよう。 遠い記憶を揺り起こすように、想い出を慈しむように... |