WHISKY物語。Vol.07 TWICE UP [2009/09/21]



想い出は[Twice Up]、[Five Spot After]をB.G.M.にして...

 こんな飲み方をするお客さまが居た。
ワイングラスに常温のウィスキーを注いでくれと言う。
そこに冷やしていないミネラルウォーターを同量。
もちろん、氷も入れない。
その方が香が引き立つし、ウィスキーの個性も引き出されると言う。
確かにその通りで、この飲み方を[TWICE UP]と言う。
むかし、「ブランデー、水で割ったらアメリカン」なんてコマーシャルがあった。ご年輩の方ならご存じかも知れない。
でも、このお客さまは30代半ばだったのではあるまいか。
いつもダークスーツにストライプのワイシャツ、赤いネクタイ。
年の割には控え目なファンション感覚のようで、いつもおとなしい。

 しかし、いつだったか遅い時間に来て、ポツリと女性の話をしたことがあった。きっと忘れられないヒトなのだろう。
一緒にドライブに行ったこと、よく行った飲み屋さんのこと。
ラリックが好きだったこと、金沢が好きだったこと...

 本当に口数少なく、ポツリポツリと話す。でも、彼は悲しそうに話す訳じゃなかった。まるで想い出を慈しむように、いまでも彼女と一緒にいるように。きっと、いまでも彼女を愛しているのだろう。

 そんな彼が好んで飲んだ[TWICE UP]。
ゆっくりと静かに飲んでいた彼。彼がこの店に来なくなってからどのくらい経つだろう?
あれ以来[TWICE UP]を頼むお客さまはいない。

 でも、私は時々[TWICE UP]を自分のために作る。
明け方に、お客さまが帰ってから一人で飲んでみる。
そんな時に思い出すのは彼のことばかりじゃなくて、
いままで通り過ぎて行った人たちだ。
お客さまもいれば、男友達もいるし、もちろん女性だって...

 さて、もうお客さまもこないだろう。
今夜の[TWICE UP]は、誰を思い出させてくれるだろうか。
ワイングラスを揺すりながら、ゆっくりと飲んでみよう。
遠い記憶を揺り起こすように、想い出を慈しむように...