この店にはいろんなお客さまがらっしゃるけれど、彼女は忘れられないお客さまの一人である。
ある日、おずおずと入ってきたお客さまは、30歳前後のとてもきれいな女性だった。ハーフと言うか、クォータと言うか。 どちらかと言えば、ロシアとか北欧の血が混じっているのではあるまいか。 そんな雰囲気の彼女は、物静かだった。ポツリポツリと話し始めた彼女の話題は、ネコ。まだ子猫の頃に拾ってきて、もう8年ほどたつという。いまの自分にはかけがえのない存在で、家族の一員らしい。 そのネコにとってはお母さんでもあるけれど、逆にそのネコに癒されている自分が居ると言う。 でもホントなら、そのネコより愛する男を見つける方がいいのではあるまいか。 ある意味、ペットに傾倒するのは現実からの逃避なのかも知れない。 そんな意味では、きっと今まで辛い思いばかりをしてきたのかも。 だからこそ、彼女には幸せになって欲しいと思う。 そんな思いを込めて、いつも[WHISKY AND WATER]をつくる。 まず、グラスは冷やしすぎない方がいい。野菜室くらいの温度のグラスに、常温の[WHISKY]をワンショットそそぐ。大きめの氷を3個、そしてステアは12回。そこに、良く冷やしたミネラルウォーターをそそぐ。 彼女には、4倍の富士山の天然水で水割りを作る。 半分くらい飲むと、ようやく上気してきて、頬が少し赤くなる。 ちょっときつめに思えた顔が、優しくなる。 そして、笑顔は子どものようだ。 しゃべり方も、少し甘えた感じになる。 こんな感じの彼女には、誰もが恋心を抱いてしまうだろう。 私でさえ、ほのかに気持ちが動いてしまう。 しかし、彼女はなかなか人に心を許さない。 肝心の所では、自分を壁の中に隠す。 それは、いままで生きてきた方便なのかも知れない。 その彼女の心の中に入っていけるのは、いまはネコだけなのだろう。 でも、それがいまの彼女には幸せなのだろうが... 彼女は、いつも水割り2盃で終了だ。 ゆっくり飲んで、笑顔になって帰る。 そんな彼女が最後に来たのは、もう2年も前のことだろう。 私は、忘れない。 いつかきっと、また訪れてくれる日まで、 私は忘れない、薄目の水割りと笑顔の彼女を。 |