彼は、いつも音楽と共にいた。 車にギターを乗せていることも珍しいことではなかったし、 いつも何か口ずさんでいた。 私から見れば随分大人だったし、いわゆる恋人ではなく、 歳の離れた兄のような存在だった。 でも、今考えるとそれは恋心だったのかも知れない。 待ち合わせた海沿いのドライブインで、先に来て待っていた彼は、波を眺めながら、ペール・エールを飲んでいた。 彼はサーファーではないし、泳いでいるところを見たこともない。 寄せてくる波を見ているのが、好きなのだろう。 近づいて、私は彼の右隣に座った。 よく冷えていて、汗をかいたようなグラスビールは、とても美味しそうに見えた。 ちょっと前の私なら、男の人の飲んでいたグラスで飲むことに躊躇したかも知れない。 でもその時、なぜか自然に手が出て、小さなグラスに残っていたビールを飲み干した。 彼は一瞬メガネの奥で戸惑ったような目をしたが、すぐにほほえみに変わった。 何も言わずに、私の持っているグラスにビールをそそぐ。 そう、言葉なんかいらない。 そのほほえみで、すべてがわかった気がする。 彼は、私を慈しんでいる。 もう、音楽は聞こえない。 彼は、私を愛してる。 |