毎年夏になると、ぼくは内灘の海岸に行った。泳ぐわけでもなく、身体を焼くわけでもなく。 海の家のにぎわいや、子供たちの遊ぶ砂浜、そして一日中ぼうっと波を見ていた。 この北陸にも、短い夏は来る。暗くよどんだ冬が過ぎて、春から初夏へ。陽の光がきらめきだした海。ぼくは、なぜ海に惹かれるのだろう。何か懐かしいようで、おだやかな夏の海は、僕の心をゆったりと和ませてくれる。 まぶしさの中で眼を細め、ふと見上げた少し遠くのデッキに、ぼくは静かな横顔を見つけた。 そこだけ少し薄暗くて、明るい海辺には不似合いな雰囲気。 つば広の帽子に頬杖え、まるでカシニョールの絵でも見ているようだ。 その人は、帽子をテーブルに置くと髪をかき上げた。ゆっくりとこちらを向いた静かな眼は、僕に微笑んでいた。 初めから気づいていたのだろうか、ぼくがここにいることに。 ぼくは、あり得ないことに出会って、鳩が豆鉄砲に驚いたような顔をしたのだろう。きみは、ちょっとだけはにかんで、ぼくを見つめた。 少しだけ余裕を取り戻したぼくは、飲みかけのペール・エールをもってデッキに向かった。まるで浅い夢を見ているようだ。 雲の上を歩いているような頼りない足取りは、ビールのせいじゃないだろう。 そして、夏の日の飛び交うざわめきの中、ぼくはきみの手をとった。 |
■浅い夢 --来生たかお・来生えつこ-- 夏の日の海の町 飛び散るきらめきの中 夜毎の海の宿 飛び交うざわめきの中 ひときわ眼をひいた あなたの静かな横顔 明るい海辺には 不似合いなメランコリー どこか遠くを 見ているようで かき上げる前髪から 静かな眼がのぞいてた その一瞬のときめきで あなたを選んでしまった 浅い夢を 見ているようで 私の体 妙に軽くて 浮き上がりそうだった 夏の日の海の宿 飛び交うざわめきの中 人知れず私は あなたの手をとった |