雨の日には[2004/04/20・Vol.05 Citroen 2CV]



翼よあれがパリの灯だ...

 僕がその車を気に入ったのは、何とも懐かしいような気がしたからだ。そう、まるで子供の頃に遊んだブリキのおもちゃのようなフォルム。一目惚れとは、このことかもしれない。どうしても、手に入れずにはいられなくなってしまった。
 「惚れてしまえば、あばたもえくぼ」
そんな言葉のように、すきま風も、スピードが出ないことも、かえって心地よかった。

 ある冬の日、雪道を僕はドライブに出かけた。トランクシオン・アバン。今では珍しくもない前輪駆動のことだが、当時は珍しかったのだ。細身のタイヤに前のタイヤが駆動する。これが何とも、雪に強いのだ。そして、どうにもならないアンダーパワーがスリップすることなく雪道を走る。
 しばらくトコトコと走っていると、前方の坂道で車が立ち往生している。横になったり、斜めになったり。どうやっても、その坂道を上ることができない。とうとう諦めて、後ろ向きに降ってきた。
 降りきると、後ろのドアから二人連れの女性が出てきた。一人は、まだ小学生くらいだろうか。短い会話の後、二人は大きなボストンバック下げ、雪の坂道を上り始めた。
 僕はトコトコと2CVを走らせ、二人に追いつくと、
 「乗りませんか?」
と声をかけた。
 大人の女性はなんだか迷惑そうにしていた。
でも子供の方は、
 「わぁ、かわいい車。まるでおとぎ話に出て来るみたい。
 私、乗りたい!」
と喜んだ。
大人の女性は仕方なく、後ろの席に乗り込んだ。助手席の座った女の子は、シルクハットをかぶせたらピンキーのようで、ほっぺたが愛らしかった。僕はいい気になって、聞きかじりのシトロエンの話をしながら坂道を上っていった。

 あれから何年たったろう。もう20年近くもたつかもしれない。あの時の女の子もすっかり大人になって、すてきな恋をしていることだろう。僕の2CVは、あの雪道のドライブの後に盗まれてしまった。マンションの駐車場に止めておいたのに。僕はとても哀しかったが、あの女の子の思いでだけは残った。
 心の中に、ブリキのおもちゃと暖かいお思いでと...