1960年代の終わり、僕はずんぐりとした頑丈なセダン、ボルボ122Sアマゾンに乗っていた。僕が初めて手に入れた新車だ。ツインキャブの1780ccのエンジンは実にスムースだった。唯一の欠点は、夏にオーバーヒートの癖ぐらいだったが、当時の北欧生まれの車では仕方がないだろう。 僕はある日の夕暮れ、日比谷通りの帝国ホテルを少し過ぎ、右に日比谷公会堂の見える路肩に車を止めていた。そのとき霞ヶ関の方から純白のアマゾンが曲がってきた。その車は日比谷花壇の前で停まり、運転席から長い髪の女性が降りてきた。もちろん遠くからで顔もはっきりしないが、優雅な北欧の女性を思わせるすらりと美人だ、と思いこんでしまった。僕は内幸町の交差点でUターンし、日比谷花壇を目指した。しかし、純白のアマゾンはもう停まっていなかった。 それからしばらくした夏の午後、僕は一人で伊豆スカイラインから大仁を抜け、修善寺から戸田へ向かっていた。戸田から大瀬崎を周り、西浦にあるホテルで休憩する計画だ。このコースだと左ハンドルのアマゾンは遮るものなく海が見える。とは言っても、戸田から大瀬崎までは曲がりくねった道で、海を見ている余裕はないのだが。 途中の大瀬崎で、大瀬神社とビャクシンの樹林に囲まれた神池に立ち寄った。この池は、海から50mしか離れていないのに淡水なのだ。富士山の地下水が湧き出ているのではないだろうか。西浦までは細い道だがゆったりした海岸線で、左手には駿河湾と富士山が見える。 ホテル・スカンジナビアは、1927年建造のステラポラリス(北極星)と言う大型ヨットで、今はホテルとして係留されている。 そして、なんと僕はその駐車場で、純白のアマゾンを見つけたのだ。日本にそれほど多い車ではないはずだ。僕の胸はときめいた。船内を一周してから、グリルの席に着いた。コーヒーを注文し周りを眺めてみたが、あの髪の長い女性はいない。こんなところで出会って、アマゾンの話をきっかけに仲良くなれたらなんて、都合が良すぎるだろうか。 しかし、夏の終わりと、北欧のヨットと、純白のアマゾン。そんなロマンスに憧れても悪くはないだろう。僕はゆっくりとコーヒーを飲みながら、「アマゾンにもう一度...」と呟いてみた。 |