「正反対の二つの感情が同時に高まってくる、そんな具合のものさ。 絶望的でありながら、同時に希望を感じさせるもの、淋しいくせに明るいもの、悲しいくせに陽気なもの、悲しいくせにふてぶてしいもの、俗っぽくて、そして高貴なもの、それがブルースなんだ」と海兵隊のジョニーは言った。 堂々たる巨体、少し胴長で、腰幅があって、まるで黒い牡牛みたいなジョニーに言わせているが、これは五木寛之の中にある「アンビバレンツなもの」を語らせているに他ならない。 人間には、多かれ少なかれ相反する感情が同居している。考えたかも、感じ方もそうであろう。それを、ブルースを表現させるためにジョニーに言わせているのだ。 「私は、半年以上も戦争をやってきた。そこで私は駄目になった。駄目にならなければ、戦争なんかやれない。罪のない人間を殺せない奴は、生きては帰れない」ベトナム戦争から帰ってきて、ジョニーは言う。 これも、朝鮮から引き揚げてきた五木寛之の体験が言わせるのであろう。戦後60年、何が変わり、何が変わらないのだろう。僕は戦争を知らない。湾岸戦争も、イラクの戦争も、身近ではない。すぐ近くには、北朝鮮という得体の知れない国がある。 一人一人の人間は優しくとも、全体となったとき、思いもかけない方向へ走りだしてしまうことがある。太平洋戦争へ向かった時代は正にそうであろう。 心のどこかで「これは違う!」と叫びながら、その一方で銃を持って戦争に突進していったのだろう。 そんな時、アンビバレンツなものが一方に偏り、バランスがぐずれ、思いもかけない方向を行ってしまう。 そうだ、ブルースは正に人間なんだ! |
Data:海を見ていたジョニー(昭和42年7月講談社刊) |
新潮文庫「い-15-12」、昭和56年6月25日発行 |
昭和42年→1967年 |