《暗いはしけ》 男は水品衛、女はアレイラ、場所はリスボン、酒はポルトかマデラ。そして、音楽はファド。 私はラジオ局を辞めた後、広告代理店でさえない仕事をしていた。偶然会った大学時代の友人水品と酒を飲み、有名作曲家となった友人に一種の見栄から自分の空想を話してしまう。 世界で一番自由で一番小さなラジオ局の開設。公海上からの違法電波で、どんな国家からも縛られない、どの企業からも圧力のない自由な放送。その空想に共感した水品は、自分がコマーシャルに出演することで裏金を作ることを約束する。 しかし、それはファディスタのアレイラと水品の事故死で挫折する。 私はますます強くなってくる朝の日射しを片手で遮りながら、光の矢の下を港の方へ歩いていった。 《遙かなるカミニト》 男はカメラマンの秋山、女は喫茶店のウェイトレス憲子、訪れたのはブエノスアイレスのボカ、酒はワイン。そして、音楽はタンゴ。 当時九州の田舎から出てきたばかりの私は、タンゴやジャズなどは頽廃的なブルジョアの音楽だと思いこんでいた。働く民衆には、ロシア民謡のほうがどれほど健康的でエネルギーに満ちているかと。 憲子が死んだ理由はわからない。あれから20年たったボカは、憲子の夢の残骸のように思われた。カミニトはどこにもないのだ。 秋山は、石畳の道を頼りない2拍子のリズムでどこまでも歩いていった。 《スペインの墓標》 男は佐野裕介、女はその妻恵子、訪れた場所はマドリッド、酒はシェリー酒とサングリア。そして、音楽はフラメンコ。 ラジオ局を突然辞め、スペインへフラメンコダンサーのパキータと逃亡した友人佐野。恵子と私は、彼を追ってここまで来た。だが、この街で彼の話をするのはタブーらしい。 佐野はピレネーの山の中から反フランコのラジオ放送をやっていた。 しかし、スペイン人に自由を呼びかけた日本人は、秘密警察によっていずれピレネーの雪の中で行方不明にされるのだ。 私はテーブルの上のラジオのダイヤルを回したが、何も聞こえてこなかった。その沈黙の中に、遠い潮騒のような群衆の叫びを聞いたような気がした。 《ローマ午前0時》 男は風見慎、女は佐伯亜紀、場所はローマからニース、酒はカンパリとコニャック。そして、音楽は... 題名の『パルティータ』とは「組曲」。そして組曲とは、女と男と酒と音楽が絡んで、人生の紆余曲折となる。 |
Data:哀愁のパルティータ |
集英社文庫「い-05-17」、平成元年10月22日発行 |
平成元年→1989年 |