こんなドラマを見てみたい。そう思わせる小説である。 昭和61年から63年にかけての作品だ。主人公は、〈海市〉と言うタウン誌の主宰をしている冬木と言う中年男である。 この男を中心に、スーパーエディタ・狭間鋭二が絡んで物語は展開する。 五木本人も言っていることだが、小説家にならなかったときの自分をモチーフにしているのだろう。大河ドラマには出てこない金沢を知りたいという方には、お薦めの小説だと思う。 例えば、香林坊の裏手にある「ローレンス」と言う喫茶店は26ページに出てくるが、ここは五木寛之が直木賞受賞の連絡を待っていた喫茶店で、今でもそのときのダイアル式の電話が現役である。 日頃からよく通っていたらしいが、オーナーはもう80歳に近いだろう。コーヒーを頼んでも、ゆで卵やお菓子がついてくる気さくなお店である。 他にも本文中に、カブラずし・ゴリの佃煮・珠ゆべしなども出てくる。 ゴリとは淡水の魚であるが、浅野川沿いにゴリ屋さんという料理屋がある。加賀料理を味わってみるのもいいだろう。 また、地元タウン誌の「あかしあ」編集室と言うのは実在する「おあしす」編集室で、本文中の「次郎」と言う鍋物屋は「太郎」が実在である。 他にも、「森八本舗の脇の路地を抜け」とか、「主計町の検番の前から小道を曲がり」などと出てくる。 こんなふうに、ぶらっと散歩をしている気分になれる。街をとても身近に感じられるのだ。 さて、卯辰山へシベリアでも眺めに行ってみようか。卯辰山から遠いシベリアを思い描き、染乃にロシア語を教えたのは機一郎であり、その小説は『朱鷺の墓』である。 卯辰山の天満宮からは、日本海がよく見える。シベリアが見えることはあり得ないが、その日本海に見える蜃気楼を〈海市〉と言うのだ。 春・夏・秋・冬、四季それぞれに金沢の良さはあるのだろう。 しかし、金沢は城下町である前に寺内町であったことを知っている人は少ない。 「百姓の持ちたる国」が100年近くも続いたのは、世界にも類を見ないであろう。 いろいろな面を持つ金沢、『金沢望郷歌』や『風花のひと』を片手に訪れてみてはいかがだろうか。 |
Data:金沢望郷歌 |
文春文庫「い-01-27」、平成4年4月10日発行 |
平成4年→1992年 |