WHISKY物語。Vol.08 HOT WHISKY [2009/09/21]



心も暖めてくれる[Hot Whisky]、[Moanim']をB.G.M.にして...

 そのお客さまがいらっしゃるのは、毎年晩秋も過ぎて、寒くなりかけてからだった。
品の良いロマンスグレーの初老の方で、ギンガムチェックのマフラーとステッキ、いつもお洒落を欠かさない人だった。
そしてご注文は、[HOT WHISKY]。
それも、一杯だけ。

 どこかで食事をされてくるのだろう。
いらっしゃるのは、20時を過ぎた頃が多かった。
いつもにこやかで、誰とでも気さくに話す方だった。

 ゆっくりと、ゆっくりと[HOT WHISKY]を飲み、おつまみはチョコレートかナッツ。どんな話しでもお聞きになって、きちんと自分の思いを話す人。だから誰からも好かれるし、いろんな人の相談にも乗っていたようだ。
でも、彼がどこに住んでいるのか誰も知らない。
連絡先もわからない。

 決まった曜日に現れるわけでもないし、誰かと待ち合わせすることもない。いつもフラッと来て、誰とでも話して、陽気に帰っていく。
でも、本当は孤独だったのではあるまいか。
と言うよりも、本当に辛い思いを乗り越えて生きてきたのではあるまいか。だからこそ、誰の話でも聞けるのだろう。

 ある日、新聞の片隅に訃報が乗っていた。
小さな小さなモノクロの写真。その横顔にハッとした私は、思わず息を呑んだ。その道では、とても功績のあったヒトだったようだ。
そして、その苦労は長い間報われなかったとも書いてあった。
ずっと一人で、結局ご家族はいらっしゃらなかったようだ。
そこにも、きっと深い思いがあったのだろう。私はその記事を読んだ後、しばらく目をつむり、彼の冥福をお祈りした。
もちろん、何が出来るわけでもないのだが...

 今日は、そんな彼の3回目の命日だ。
昼間はとてもいい秋の空、高い高い空。
でも、夜になると冷え込んでくる。
こんな日は、[HOT WHISKY]を久しぶりに飲んでみよう。
きっと、彼はここに来るのが好きだったに違いない。お酒よりも、お店よりも、ここに来るお客さま達が好きだったのだろう。そう、若い人たちを眺めているのが好きだったのだろう。

 あのヒトは、もう来ることはない。
このお店も、あとどのくらい続けていけるだろうか。
でも、お客さまが来る限り続けていくのが私のつとめなのだろう。
お客さまに、暖かい気持ちになっていただけるように、
今日は[HOT WHISKY]でも進めてみようか...