Short Short[2005/11/27・Vol.04 浅い夢]



ぼくは きみの手をとった...

 毎年夏になると、ぼくは内灘の海岸に行った。泳ぐわけでもなく、身体を焼くわけでもなく。
 海の家のにぎわいや、子供たちの遊ぶ砂浜、そして一日中ぼうっと波を見ていた。
 この北陸にも、短い夏は来る。暗くよどんだ冬が過ぎて、春から初夏へ。陽の光がきらめきだした海。ぼくは、なぜ海に惹かれるのだろう。何か懐かしいようで、おだやかな夏の海は、僕の心をゆったりと和ませてくれる。
 まぶしさの中で眼を細め、ふと見上げた少し遠くのデッキに、ぼくは静かな横顔を見つけた。

 そこだけ少し薄暗くて、明るい海辺には不似合いな雰囲気。
つば広の帽子に頬杖え、まるでカシニョールの絵でも見ているようだ。
 その人は、帽子をテーブルに置くと髪をかき上げた。ゆっくりとこちらを向いた静かな眼は、僕に微笑んでいた。

 初めから気づいていたのだろうか、ぼくがここにいることに。
ぼくは、あり得ないことに出会って、鳩が豆鉄砲に驚いたような顔をしたのだろう。きみは、ちょっとだけはにかんで、ぼくを見つめた。

 少しだけ余裕を取り戻したぼくは、飲みかけのペール・エールをもってデッキに向かった。まるで浅い夢を見ているようだ。
 雲の上を歩いているような頼りない足取りは、ビールのせいじゃないだろう。
 そして、夏の日の飛び交うざわめきの中、ぼくはきみの手をとった。



■浅い夢 --来生たかお・来生えつこ--

夏の日の海の町 飛び散るきらめきの中
夜毎の海の宿 飛び交うざわめきの中
ひときわ眼をひいた あなたの静かな横顔
明るい海辺には 不似合いなメランコリー

どこか遠くを 見ているようで
かき上げる前髪から 静かな眼がのぞいてた
その一瞬のときめきで あなたを選んでしまった

浅い夢を 見ているようで
私の体 妙に軽くて 浮き上がりそうだった

夏の日の海の宿 飛び交うざわめきの中
人知れず私は あなたの手をとった