Short Short[2005/11/11・Vol.01 Tシャツに口紅]



動かない、動けない、明日が見えない朝...

 昨日の夜、突然さそったドライブ。どこへ行くあてもないまま、ただ海を目指した。
 夜中の東名、トラックを追い越すのは、まるで現実から逃避するためのようだった。助手席のきみとは一言もしゃべらないまま、潮の香りがし始めた。

 少しずつ、空の色が変わる。海水浴のシーズンも終わり、海の家も淋しいだけ。一夏着たTシャツも色あせて、今は少し寒い。だから、抱きしめているわけじゃない。

 どこからすれ違ってしまったのだろう。いくつもの夏を越えて、心の繋がりは深まるばかりだと思っていた頃もあったよ。
 それがいつか、少しずつ心に影が射して、今ぼくはどうしていいか分からない。きみを幸せに出来るとは、思えない。
 きっと、仕事に疲れてしまったのかも知れないね。繰り返す毎日の中で、夢は現実にすり替わっていく。笑顔が少なくなって、ため息が多くなる。もう息が切れて、明日さえ見えない。

 きみは、泣かない。黙ってぼくを叩く。そのたびに星が一つ消えて、海がきらめき始める。色あせたTシャツにきみの鮮やかな口紅がつく。

 「幸せって、なに?」
 「あなたが思う不幸だって、
 わたしにとっては幸せかも知れない」

きみは、ぼくを見つめる。ぼくは、動けない。きみは、動かない。時間だけがすぎて、やがて夜が明ける...



■Tシャツに口紅 --大瀧詠一・松本隆--

夜明けだね 青から赤へ
色うつろう空 お前を抱きしめて
別れるの?って真剣に聞くなよ
でも波の音がやけに静かすぎるね
色褪せたTシャツに口紅
泣かない君が 泣けない俺を 見つめる
鴎が驚いたように 埠頭から翔び立つ

つきあって長いんだから
もう隠せないね心に射した影
みんな夢だよ 今を生きるだけで
ほら息が切れて 明日なんか見えない
色褪せたTシャツに口紅
黙った君が 黙った俺を 叩いた
仔犬が不思議な眼をして 振り向いて見てたよ

朝陽が星を塗りつぶす 俺たちを残して

これ以上君を不幸に
俺出来ないよと ポツリと呟けば
不幸の意味を知っているの?なんて
ふと顔をあげてなじるように言ったね
色褪せたTシャツに口紅
泣かない君が 泣けない俺を 見つめる
鴎が空へ 翔び立つ
動かない俺たちを 俺たちを 残して