高橋克彦[2003/10/12・Vol.07 広重殺人事件]





東海道五十三次...


 広重と言えば、なんと言っても思い出すのは永谷園の『お茶づけ海苔』。そのおまけに入っていた「東海道五十三次」を集めていた方も多いのではないだろうか。いつの間にかなくなってしまったが、あれは懐かしいよね。そんな意味では、広重の浮世絵を目にしたことのある人は多いのだろう。しかし、素人見には北斎と混同してしまうことも多いのではあるまいか。北斎を『動』とすれば、広重は『静』。北斎のダイナミックな『富嶽三十六景−神奈川沖浪裏』や『赤富士』に対して、広重はあくまでも落ち着いている。どちらが好きかは人の好みによるのであろうし、そのときの気分でも異なるかも知れない。
 さて、高橋克彦の作品に『広重殺人事件』なるミステリーがある。これは、彼の浮世絵三部作の「写楽」・「北斎」に続く最後の作品である。この三部作の主人公は津田良平であり、初めの「写楽」で冴子と知り合い、二番目の「北斎」で結婚し、この「広重」で永遠の別れとなるのである。「えっ!」と思ったが、冴子も良平も死んでしまうのであった。
 この小説の初めの方で、冴子は良平にこう言う、「暮らしに便利な場所と、好きな場所って違うと思うな。たった一日、そこにいられるだけで、残りの三百六十四日が我慢できるという場所だってあるわよ」と。そして、この件で思い起こされるのは、とある小説の147ページ。「その一瞬の記憶で心のタンクを満タンにして、あとの三百六十五日...」。人が生きていくと言うことは、結構大変なことなんだよね。いいことばかりが続くはずもなく、ほんの一瞬のために生きているのかも知れない。
 絵画というものは、油絵にしろ、水彩にしろ、水墨にしろ、版画にしろ、ほんの一瞬を画面の中にに閉じこめてしまうものだ。しかし、その一瞬を描くために画家達は骨身を削る。ある意味、人生の縮図が絵画であり、その画家の個性が描き尽くされているのが、名画として後世に残っていくのだろう。
 秋の夜長などと言っていても、あっと言う間に過ぎてしまう。たとえ一年にわずか一日でも心が満たされる日を探していこう。五十三次を人生にたとえれば、あなたは今何番目の宿場ですか?