五木寛之[2003/11/30・Vol.22 鳥の歌]



どんな鳥の歌が聞こえますか?

 朝、目が覚めたとき、鳥の声を聴くときがある。晴れた日には、大抵聞こえてくる。あなたは、どのくらい鳥の声と姿が一致しますか。自分で考えてみると、あっけないほど少ない。

 さて、五木寛之の小説に『鳥の歌』というのがある。この小説は上下2巻からなるが、当初は読売新聞に1977年の10月から1年間連載された物だ。
 この小説のテーマはいくつかあるのだろうが、一つは「ホモ・モーベンス(動民)」ではないだろうか。動民とは、定住せず・定職を持たず・一つの国家に所属しないで生きている民とでもいえばいいのだろうか。
このあたりは、『戒厳令の夜』や『風邪の王国』の基本テーマであるが、五木本人の「デラシネ」という感覚に基づく物だろう。その気持ちを大空を自由に飛ぶ鳥に託した題名だ。

 空を飛ぶということは、自由とか解放を意味することが多い。だからこそ、『始祖鳥記』の「幸吉」は幕府に対する危険思想の咎で捕まってしまったのであろうし、パブロ・カザルスはスペインに自由を取り戻すため『鳥の歌』を演奏し続けたのではあるまいか。そこには、必ず国家権力というものに対抗する精神があるのだろう。

 この『鳥の歌』という小説では、そこまでの事は書いていない。
しかし、安定を壊すおそれのある物に対して、支配者側は常に監視を怠らない。些細な事に結びつけて、小さな芽の内に摘もうとする。
いま現在でもそんなことはないだろうか。
 まぁ、そんな堅苦しいことを考えるのは止めて、カザルスのチェロで、お気に入りの小説を読み返していかがだろうか。



Data:鳥の歌[上・下](昭和52年読売新聞)
集英社文庫、平成元年10月22日発行
昭和52年→1977年